白竜
本名:田貞一 (在日コリアン)

最新アルバム、晴れた日にX-day 好評発売中!


管理人、2012年7月、ついに白竜に会ってお話しました!このウェブページもご存知でした!そのときのことはこのブログをご覧ください。

現在映画、VシネマシリーズNHK大河ドラマなどで俳優として活躍している白竜。韓国の映画にも時折出演していますが、もともとはロック・シンガーで、力強い歌を聞かせてくれます。 世良公則井上陽水の声を足して2で割ったような声です。 コムロレーベルから小室哲哉とのコラボレーションでシングル"Take a Deep Breath"を発表したこともあります。 

これはYOUTUBEにアップされている白竜の歌を全て集めた再生リストです。このページのこの後の部分は、ぜひこちらを再生しながらごらんください。



2003年にはNHKの番組で故郷を訪問し、その時に作った「逆流」というマキシシングルを発表しました。 内容は韓国訪問から、自分の親類を見つけるまでの物語。 '90年代に話題になった新井英一「清河(チョンハー)への道」白竜版といったところです。 このマキシには同曲の韓国語バージョンとかつてのデビューアルバムからの「アリランの唄」そしてセカンドアルバムのカバー曲「鳳仙花」の新録音バージョンが入っています。



公式ホームページ

日本の高校を卒業したあと19歳のときに民族学校に3ヶ月間通いコリアン言語と歴史を学び、民族意識に目覚め、福岡朝鮮歌舞団に入団。コリアの民族楽器カヤグムの演奏家を志し、金剛山歌劇団が結成されるとそこへ移り、北朝鮮での「栄誉ある」公演旅行にも参加しました。

しかし、色々なことがあり金剛山歌劇団を退団し、BeatlesBob Dylanなどに憧れ、ロック歌手を目指します。 

一度挫折を味わうも、沖縄での喜納昌吉と出会い、自分の音楽の方針を変え、自信も新たに '79年に家族をバンドとしてデビューシングル「アリランの唄」/「シンパラム」を発表。
白竜・HAKURYU

白竜バンドとして注目を浴びたのは1980年。 デビューアルバムを製作したのですが、収録曲の歌詞に問題があるという政治的な理由で発売禁止処分に。 仕方なく自主制作盤で発売し、主にライブ会場で販売しました。 歌詞が問題となった曲は「光州City」という曲で、80年5月に韓国の全羅南道、光州市で起こった光州事件の様子を描いた歌でした。 彼が言うには、「光州市民へのラブソング」だそうです。 歌詞はここです。 あなたは、この曲がなぜ発売禁止になったのか理解できますか? 今思えばやはり発売禁止になり数年前に初めてシングルで発売され、今年の映画、「パッチギ」で注目を浴びたフォーククルセダーズが歌う「イムジン河」と似たようなことだと思います。



当時日本ではイカ天(いかすバンド天国?)というアマチュアロックバンドがプロを目指し凌ぎを削っていた時代で、アナーキーシーナ&ロケッツヒカシューなど、日本のアングラに近いパンクロックバンドが注目を浴びて、どんどんメジャーデビューしていた時期でしたが、そのような競争の激しい時期にこの事件が白竜バンドを一躍有名にしたのは確かです。 


デビューアルバム「シンパラム」は完全なスタジオライブでしたが、なんとキーボードはあの小室哲哉だったのです。 このつながりから最近のコムロレーベルからのCD発売となったのでしょう。

収録曲はタイトルの「シンパラム(新しい風)」や現実は楽ではないと分かりやすい歌詞で歌う「現実」、在日バージョンのロック版「アリランの唄」など硬派な内容でした。



白竜自身が歩んでいる人生の様を歌った「体を張って」も地味ですが、生き方を考えさせてくれる名曲です。



2枚目のスタジオ・ライブ・アルバム、「アジアン」でも硬派路線は引き継がれます。 中でも僕の興味を引いたのは、朝鮮・韓国民謡2曲を原語のままロックにアレンジして歌っていたことです。 日帝植民地時代の祖国人民の心境を描き、当時放送禁止となった「鳳仙花」を日本語の歌詞で純粋なラブソングのロックバラードとして蘇らせてもいます。圧巻は最後の「アジアン」。これからはアジアの時代が訪れると声高に叫んでいます。

3枚目のアルバムタイトルは単純に「Third」で、ダウンタウンブギウギバンド千野秀一をプロデューサーに迎えた初の完全スタジオ録音アルバムになりました。 ここからは「カ・ラ・ス」「ロンリー・ボーイ・ロンリー・ガール」がシングルカットされました。 「ロンリー・ボーイ…」は、アルバムに収録されたシタールなどの演奏を交えたスローバージョンとは違い、シンプルなバンド演奏バージョンでした。「グラウンド・ゼロ」では広島・長崎への原爆投下とその後の核開発を非難しています。 彼の代名詞ソングとも言える「誰の為でもない」を初めてアルバムに収録しましたが、ライブ・バージョンとはかなり違うポップなアレンジになりました。 曲数が8曲と少ないのが少し不満ですが、名曲ぞろいの力作だと思います。






このあと数年間充電期間をとり、映画「いつか誰かが殺される」で俳優デビュー、一ヶ月間のニューヨーク生活、'85年から三年間の茨城県筑波市でのライブハウス"29 BAR" の経営を経て、'88年に4枚めのアルバム「POSITIVE」を彼にとっては初のCDとして発売。このときに以前の3枚のアルバムがCD化されたと思われます。

「POSITIVE」には「Third」でライブとはかなり違うアレンジで収録された「誰のためでもない」が、ライブの元のスタイルに近い近い形で再収録されています。

ライブでは毎年大晦日に夜通し行なわれる伝統的イベント、ニューイヤー・ロックフェスティバルでは常連として活躍してきましたが、その他は俳優業に専念するようになりました。 Vシネマ、映画、テレビを合計するとすでに100本以上に出演しています。



1996年に突然「水の中の八月」というアルバムを出して驚かせてくれました。このアルバムでは自作は2曲のみで、他は甲斐よしひろ玉置浩二などの有名なソングライターの作品を収録しました。


誰の為でもない 白竜 1999年には自伝「誰の為でもない」 を出版しました。

2000年以降にも前述のとおりCDを発売していますが、小室哲哉との共作シングル"Take A Deep Breath"は彼の自伝によるとコムロレーベルからのアルバム制作となる予定だったようです。どうしてシングルで終わってしまったのか気になるところです。

カバーアルバムを中心に発表し、2013年には久々のアルバム、晴れた日にX-dayを発表しました!今回もカバー曲中心ですが、宇崎竜童阿木耀子コンビによる書き下ろし新曲が2曲収録されています。



Hakuryu & Me

僕が東京朝鮮中高級学校の高校一年生の頃、友達がコンサートのチケットを学校内で売っていました。 1000円のチケットです。 場所は荒川区民会館だったかと思います。 そのチケットを買って、生まれて初めてコンサートというものに出かけたのです。 

ちょうどその頃、TBSラジオのある番組で白竜さんのセカンドアルバムを紹介したのです。 そこで彼のオリジナル曲、「走るぜ」とロック版朝鮮民謡「ペンノレ(舟唄)」「ウルサンタリョン」の2曲もメドレーのように紹介されて、ラジカセで録音したのを何度も聞きながら気が付けばそのアルバム「アジアン」を買っていました。 買って聞いてみたら、なかなか良かった。 あの韓国歌謡のスタンダード、「鳳仙花」まで日本語で新たな詩を付けてロックバラードにしていました。(ライブでは2番をオリジナルの韓国語で歌っていました。)




そう、チケットを買った日からコンサート当日までに僕は白竜について大きな興味を抱くようになっていたのでした。 コンサート当日、セカンドアルバム収録曲もたくさん演奏されたため、とても楽しみました。 初めて見るロックバンドのライブでしたし。 すると当然、一枚目のアルバムにも興味がわきます。 コンサート終了後出口で自主制作盤の「シンパラム」を売っていたのですが、当時高校生で、こづかいも少なかった僕にはLPレコード(当時標準価格が2500円ぐらい)をその時には買えませんでした。 

コンサート翌日、チケットを売ってくれた人が500円返してくれました。 なんと、朝鮮高校生は特別半額で良いという白竜さんの粋な計らいだったのです。 とても嬉しかったので今も忘れていないし、これで白竜さんがもっと好きになりました。 

お金を貯めて彼のデビューアルバムを探したけど、当然普通のレコード屋さんには売っていなくて、見付けたのはなんと、貸しレコード屋さん。 高田馬場駅前の「アビーロード」という貸しレコード屋さんでした。 やっぱり、音楽界で話題になったおかげでレンタル屋さんに置いてあったので運良く借りる事ができたのです。 テープに録音して何度も聞きました。

次は「サード」。これは買いました。 これもテープに吹き込んで何度も聞きました。 この時先行発売されたシングル、「カ・ラ・ス」も発売直後に買いました。 この頃には買いたいレコードのためにはお金を惜しまなくなっていたのです。

随分後になりますが、国立市内の反戦平和イベントで無料ライブがありました。 すかさず見に行きました。 立川駅前でチラシをもらって知ったのです。 小さな会場で、観客も多くは無かったのですが、その分和気合い合いとしたステージでした。 このときはキーボード奏者がいない4人編成の小さなバンドでした。 演奏曲の多くは4枚めのアルバムからであまりなじみが無かったけれど、新曲発表会みたいで良かったです。小さなテープレコーダーを持ち込んで録音してしまいました!それを繰り返し聞きましたが、歌詞が聞き取りづらくて内容が良く分かりませんでした。 その日はアンコールまで応えてもらって感動しました。 この人生で2回もライブを見たのは白竜だけです。

実は3回目のチャンスがあったのです。 僕が教師を辞めて上野にある会社に勤めはじめた年の10月ごろ、ワンコリアフェスティバルが上野公園の野外ステージで行なわれたのです。 在日の歌手や韓国の歌手、日本人のバンドなど多数参加のコンサートで白竜のステージは2番目ぐらいだったようです。僕は残念ながら仕事の都合で遅く会場に入ったので見ることは出来ませんでした。 しかしながら東京ビビンパクラブのステージを見ることが出来たし、朴保バンド沢知恵、韓国から来たカン・サネなど新しい歌手を知ることができたので良かったと思います。

ずっと後にCDショップでデビューアルバム「シンパラム」「光州City」とタイトルを変えて売っていました!(1990年のCD発売と記録されています) 高田馬場の老舗レコードショップ、ムトウで見付けました。 その後、先日「逆流」をタワーレコードの通販で買うまでは、CDで聞けるのはこのアルバムだけでした。 他の2枚はLPレコードでまだ持っていますが、再生できません! 今もアルバム購入時に録音したカセットを時々引き出して聞きながら、これらのCD化を待ち望んでいます。

90年代、白竜さんの久々のアルバム「水の中の八月」が出ました。その時は僕は見ることが出来ませんでしたが、「夜はヒッパレ」に出演したのです。さっそくCDショップ(渋谷のタワーレコード)へ行くと、白竜さんのコーナーが復活し、ニューアルバムが目立つところにたくさん並んでましたが、なぜかその日には買いませんでした。 あまりにも収録曲に対する情報が無かったし、また後で来た時でも買えると思い、その時はためらってしまいました。 しかしその後しばらくして再度買いに行ったらもう白竜コーナーは消えうせ、どのCDショップでも見付けることが出来ませんでした。 ずっと後悔してきましたが、つい先日、楽天のフリマで見つけて購入しました! アルバムの印象は、以前のバリバリのロック歌手というイメージは影をひそめ、円熟した大人の歌手になっていました。 年齢からしてそれは当然だと思いますが、やはり彼には今後も社会的なテーマにそってそれなりに在日の心の叫びを込めた曲を期待し続けたいと思います。

「逆流」「止まり木ブルース」の2枚のシングルをタワーレコードの通販で買いましたが、発売日が2003年の8月であったためか、探すのに手間取ったらしく、到着がかなり遅れました。

去年は【楽天市場】のフリーマーケットで最新アルバム「水の中の八月」と自伝「誰の為でもない」を購入することができました。 なんとサイン入りです。 今回のこのページの更新はこの本の内容によるところが大きいのです。また、今年に入って、あの「POSITIVE」もヤフー・オークションで手に入れました。

そういえば僕の奥さんは茨城出身で、白竜が筑波のライブハウスを見ている頃だったか、友人と一緒に白竜と会い、サインをらって一緒に写真まで撮っていたのには驚きました。

ところでなぜ白竜のアルバムやシングルは発売間もなく売り切れてもいないのにまったく探せなくなってしまうのか、不思議です。 そんなに売れないのでしょうか?2004年9月に渋谷のタワーレコードへ行ってみたら、白竜コーナーがありました!「逆流」が一枚しかありませんでしたが、とても嬉しかったです。

白竜のTV出演は二回ビデオに録って見ました。 両方とも、年は違いますが、ニューイヤー・ロック・フェスティバルを留守録で全編録った物です。 最初に録った方は、「止まり木ブルース」を歌っている場面が途中までしか映らなかったので、非常に残念でしたが、翌年は往年の名曲、「誰の為でもない」をフルコーラスオンエアしたので、とても得した気分でした。




所有アルバム
CD


光州City
POSITIVE 2005. 2. 22. 購入
水の中の八月 2004.9.30購入
逆流~アリランの旅(マキシシングル)
止まり木ブルース(シングル)
いつのまにか少女は(ダウンロード購入)
take a deep breath(ダウンロード購入)

LP
アジアン
サード

かつて持っていたシングル

シンパラム/アリランの唄
糸車の唄
カ・ラ・ス


My Favorite Songs

光州City

シンパラム(新しい風)(アルバムバージョン)
アリランの唄(アルバムバージョン)
始まるぜ
走るぜ
誰の為でもない
グラウンド ゼロ
ロンリーボーイ、ロンリーガール(シングルバージョン)
糸車の唄
逆流

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