戻る
TOPへ

日本の大学等でのスピーチ・コンテスト参加実績

キム・ハノ先生が1977年4月に朝鮮大学校の外国語学部創設時の教授の一員として勤務し始めてから、1993年までの15年の間、大学校内での英語スピーチコンテストの責任者となり、コンテストを毎年開催し、自ら審査委員長を務め続けた。

その傍ら、優秀な学生を見付けては自ら徹底指導し、日本の大学主催など、全国・関東レベルの英語弁論大会に参加させて優秀な成績を上げ、朝鮮大学校の外国語学部の存在を内外に知らしめた功績は大きい。

実績統計

優勝 11名

入賞 9名

2等賞:2名
3等賞:3名
特別賞:1名
努力賞:3名
優勝確率              50%

入賞確率              91%

大会名 学生名 英語タイトル タイトル和訳
第16回全国大学英語弁論大会 天野杯(獨協大学主催) 李成花 努力賞 Where Is My Native Place? 私のふるさとはどこ?
第18回全関東英語弁論大会 李鉄源 優勝 Warning Bell to Koreans in Japan 在日朝鮮人への警鐘
第34回全国学生英語弁論大会 毎日新聞社杯・NHK杯 李正久 優勝 Mother Tongue 母国語
第36回全国学生英語弁論大会 毎日新聞社杯・NHK杯 朴準一 努力賞 The Third World Nations as a Buffer 緩衝地帯としての第三世界
日本キリスト教短期大学学長杯第11回英語弁論大会 金明淑 第2位 Chogori チョゴリ
日本キリスト教短期大学学長杯第12回英語弁論大会 金吉子 優勝 Never Too Late to Learn the Mother Tongue 母国語を習うのは今からでも遅くない
日本キリスト教短期大学学長杯第13回英語弁論大会 趙日宙 第3位 Patience 忍耐
日本聖女子学院短期大学第11回弁論大会小田杯争奪戦 金卿恵 優勝 Once I Had Two Names 二つの名前を持っていた私
法政大学工学部部長杯争奪第10回英語弁論大会 白明久 努力賞 My Appeal for Peace 平和へのアピール
法政大学工学部部長杯争奪第11回英語弁論大会 金卿淑 優勝 Koreans Will Be Koreans 朝鮮人は朝鮮人らしく
武蔵野女子大学第22回学長杯争奪英語弁論大会 趙日宙 第2位 Once I Hated My Nickname 私はあだ名がきらいだった
和洋女子大学学長杯争奪第14回英語弁論大会 朴準一 優勝 Lifetime Goal わが生涯の目標
和洋女子大学学長杯争奪第15回英語弁論大会 李鉄源 優勝 I Study Three Languages at School 私は学校で3か国語を学んでいる
全関西高等学校第27回英語弁論大会 李早苗 優勝 Human Rights 人権
桜美林大学学長杯争奪第7回英語弁論大会 鄭賢淑 招待 Overcoming the National Tragedy 民族の悲しみを超えて


著書 英語スピーチのハイテクと実際より



戻る
TOPへ